中医内科学講座 サンプルテキスト




■便秘(べんぴ)
練習問題
テキスト抜粋

<練習問題>

中医基礎理論講座


中医基礎理論講座


中医基礎理論講座
<参考テキスト>

便秘は、大便が秘結して排出できない・排便時間が長い・大便が排出しにくいなどの一種の病証である。便秘の別名は「陽結」「陰結」「脾約」「風秘」「熱秘」「寒秘」「湿秘」「熱燥」「風燥」などがある。 便秘という症状は様々な急性や慢性疾患に見られる症状の一つであるが、本篇で述べる便秘は、便秘を主な症状とする病証である。 便秘は主に大腸の伝導機能の失調であるが、脾胃・腎とも密接に関係する。病因病理は燥熱内結による津液不足、情志失和による気機鬱滞や労倦内傷による気血不足などである。臨床では便秘を熱秘・気秘・虚秘・冷秘の四つに分けられる。


■病因病機


飲食物が胃に入り、脾胃に運化されて精華を吸収した後、残った糟粕は最後に大腸から押し出されて大便になる。胃腸機能が正常であれば、大便は通暢となり便秘にはならない。しかし胃腸が発病し、燥熱が内結したり、気滞による腑気不通・気虚による伝送無力・血虚による腸道乾渋・陰寒の凝結などの原因で便秘が生じる。

(1)素体陽盛・腸胃積熱
元々は陽盛の体質では、胃腸に積熱が生じやすい。酒及び辛い食べ物や熱い食べ物、濃い味の食品を過食すると腸胃に熱が蓄積し、胃腸の積熱により便秘が生じる。また傷寒熱病の後に、余熱留恋(邪熱が追い出されず体内に留まること)の熱邪が津液を損傷して、腸が水分を失い潤わず、大便が乾燥して排出困難になる。


(2)情志失和・気機鬱滞
過度の憂愁思慮のため情志不舒となり、また座ってばかりで動かないと、気機の鬱滞が生じ腑気の通降が失職すると大腸が伝導せず、糟粕が内停して下行しなくなり大便秘結となる。

(3)気血不足・下元(腎)虧損
労倦や飲食内傷があったり、或いは病後・産後・高齢者で虚弱体質な人は気血両虚となりやすい。気虚では、大腸の伝送する力が不足し便秘が生じる。血虚津枯では、大腸への滋潤が不足し便秘が生じる。 気虚と血虚などが長びいて久病及腎(久病が腎に及ぶ)になる。腎は二陰に開竅するので、真陰不足と心陽不足の便秘を引き起こす。血虚津枯が酷くなると下焦の精血を損ない、本元(精を蔵める腎)が損傷して真陰(腎陰)虧損になると腸道が乾枯して便秘が生じる。気虚が酷くなれば、真陽(腎陽)虧損が生じて津液を蒸化できず、腸道の滋潤が失職すると便秘が生じる。


(4)陽虚体弱・陰寒内生
陽虚・高齢で身体が弱まれば陰寒が体内に生じ、腸胃に留まって凝集した陰が固まり、陽気を通じさせないため津液は流動しなくなり、腸道は伝送できなくなって便秘となる。


■弁証論治


便秘を判断する上で、3つの特徴がある。
(1)排便回数が減少し、3~5日か6~7日、酷い場合は更に長期間に1回だけ排便する。
(2)排便回数は減らないが、便が乾燥して硬くなり、排出困難になる。
(3)少数であるが、便は硬くはないが、便意があっても排便困難になる。
臨床では便秘の他に、便秘によって引き起こされる兼証が見られない場合もある。 便秘により腑気が通じず、濁気が降りることができず、頭痛や頭暈・腹中脹満・甚だしい場合は疼痛・脘悶噫気・食欲不振・不眠・心煩易怒などの症状を伴うことが多い。便秘が長期に及ぶと痔瘡が生じる。また排便時に力み過ぎて、肛門に裂傷を負ったりする。 便秘の治療は、単に通下すれば完全に解決するものではなく、発病原因に基づいてそれぞれ異なった治療方法を採用しなければならない。


1.熱秘
【症状】大便が乾結・小便短赤・面紅身熱・腹脹や腹痛がある・口乾口臭
【舌脈】舌紅・苔黄か苔黄燥・脈滑数
【証候分析】胃は水穀の海であり、大腸は伝導の官である。腸胃に熱が溜り、津液を損傷すると大便が乾燥して硬くなる。腸内と脾胃に伏する熱が、上を熏蒸すると口乾や口臭などが生じる。熱が腸胃に溜って腑気を阻滞すると腹脹や腹痛が現れる。身熱面赤も、陽明経の熱が盛んな現れである。熱が膀胱へ移ると小便が短赤となる。舌苔黄燥は、熱が津液を損傷する現れである。脈滑数は裏実を現わす。
【治法】清熱潤腸
【方剤】麻子仁丸
麻子仁丸は潤腸泄熱・行気通便の効能があり、泄熱潤燥に重点が置かれており、通便を促すが正気を損傷しない。主薬とする大黄・麻子仁は泄熱・潤腸・通便には働く。佐薬とする杏仁は降気潤腸に、芍薬は養陰和裏に、枳実と厚朴は行気除満に働き、白蜜を用いて丸薬に作り緩下する。

<加減>
(1)もし津液が既に傷ついていれば、口渇などが見られる。生地黄・玄参・麦門冬などを加えて養陰生津の作用を強める。
(2)鬱怒傷肝を伴う場合、易怒・目赤などが見られる。更衣丸を加えて清肝通便の作用を強める。更衣丸の構成生薬は芦薈・麦門冬・朱砂である。
<その他>
燥熱が比較的軽く便秘以外に顕著な症状がなく、或いは治療によって便秘が改善されても排便がすっきりしない場合、清腑緩下に働く青麟丸を用いて治療する。青麟丸は側柏葉・緑豆芽・大豆芽・槐枝・桑葉・桃葉・柳葉・車前子・新鮮茴香・陳皮・荷葉・金銀花・白朮・艾葉・半夏・厚朴・黄芩・香附子・砂仁・甘草・沢瀉・猪苓・大黄・牛乳・蘇葉・梨汁・生姜汁・酒などで構成される。

2.気秘
【症状】 大便秘結・便意はあるが排出できない・頻繁に噯気・胸脇痞満・ひどければ腹中脹痛や食事量が減る
【舌脈】舌苔薄膩・脈弦
【証候分析】憂欝な感情によって、肝脾の気が鬱結し、伝導が失職すると大便が固まり便意はあっても出ない。腑気が通じず、気が下行せずに上逆すると頻繁に噫気・胸脇痞満が見られる。糟粕が内停して気機が鬱滞すると腹の脹痛が見られる。腸胃の気が阻まれて、脾気の運化が失職すると納食が減る。舌苔薄膩・脈弦は、肝脾不和で内有湿滞の現れである。
【治法】順気行滞
【方剤】六磨湯加減
六磨湯は、調肝理脾・通便導滞に重点があり、五磨飲子の人参を取り除き、枳殻・木香・大黄を加えて構成される。木香は調気、烏薬は順気、沈香は降気に働き、三薬の配合で辛通気味により肝脾に入り解鬱調気に働く。大黄・檳榔・枳実は破気行滞に働く。

<加減>
(1)気鬱が長びき化火する場合、口苦・咽乾・苔黄・脈弦数の症状が見られる。黄芩・山梔子を加えて清熱瀉火の作用を強める。

3.気秘
■気虚
【症状】便意はあるが力んでも排出できない・力めば汗出・短気・排便後に疲労する・大便は硬くない・面色晄白・神疲気怯
【舌脈】舌淡嫩・苔薄・脈虚
【証候分析】気虚により肺脾の機能が不足する。肺と大腸は表裏の関係があり、肺気が虚弱となると大腸の伝導が無力になり、便意があっても排泄しにくい・便は乾いてもおらず硬くない。肺衛不固により腠理疏鬆になり、排便時に力を入れると短気・汗出が見られる。脾虚により気血を生化する源が不足すると、面色晄白・神疲気怯などが生じる。舌質淡嫩・舌苔薄・脈虚・排便後に疲れを感じるのは気虚の現れである。
【治法】益気潤腸
【方剤】黄耆湯加減。
黄耆湯は益気潤下を重点に置く方剤であり、気虚による便秘の治療に優れる。黄耆は脾肺を補益する要薬で、麻子仁・白蜜は潤腸通便に働く。陳皮は理気に働く。脾肺の気が内充すれば、伝送も有力となって大便は通暢となる。

<加減>
(1)気虚が顕著な場合は、党参・白朮を加えて補気の力を強める。
(2)気虚下陥を伴う場合、肛門の墜脹・眩暈などの症状が見られる。補中益気湯と合用して益気挙陥の作用を強める。

■血虚
【症状】大便秘結・面色無華・頭暈目眩・心悸・唇色淡
【舌脈】舌淡・脈細渋
【証候分析】血虚で津が少なくなり、大腸への滋潤が失職すると便秘が生じる。血虚により脳と顔などへの栄養が不足すると、面色無華・頭暈目眩が生じる。心血が不足して心が養われないと動悸が生じる。唇と舌の色が淡い・脈細渋は、陰血が不足している徴候である。
【治法】養血潤燥
【方剤】《尊生》潤腸丸
本方は滋陰補血・潤腸通便の功能があり、補血潤下に重点を置く方剤である。生地黄・当帰は滋陰養血に働く。麻子仁・桃仁は潤燥通便に働く。枳殻は引気下行に働く。 ※《尊生》潤腸丸の構成生薬は、日本で多く流通している《脾胃論》潤腸丸とは異なる。

<加減>
(1)血虚が進んで陰虚内熱となる場合、煩熱・口乾・舌紅少津などの症状が現れる。玄参・生首烏・知母を加えて清熱生津の作用を強める。

<その他>
(1)津液が回復しているのに便が乾燥していれば、潤腸通便に働く五仁丸で治療する。
上述した気虚や血虚による便秘は、単独に現れることもあるが、合わさって現れることもある。治療では両者を合参して、気血のいずれが虚しているか、程度によって其々方薬を選ぶべきである。どちらか一方の治法に固執すべきではない。 この他、高齢のため下元虧虚によって生じた便秘で、排便が数日に一度で脘腹に顕著な不快感はなく、形体消瘦・精神不足・腰膝軟弱・肌膚に潤沢を欠くなどの症状を伴う場合は、温潤通便に働く肉蓯蓉・麻子仁などを用いて治療する。それでも効果を得られない場合は、益気養血に働く黄耆や当帰を加えて、気血を流暢させれば便秘は自然に治る。

■冷秘
【症状】大便艱渋(かんじゅう・硬くて出渋る)で排出困難・小便清長(小便が無色透明で量が多い)・面色晄白・四肢不温・喜熱怕冷・腹中に冷痛・腰脊酸冷
【舌脈】舌質淡・苔白・脈沈遅
【証候分析】陽気が虚衰して腸道の伝送力が不足すると大便は出渋り、排便困難になる。陽気虚衰により寒邪が内生すると、陰寒が内盛になり気機が阻滞し、腹中に冷痛・喜熱怕冷などが見られる。陽虚により温煦の作用が失職すると四肢不温・腰脊酸冷・小便清長などが見られる。面色晄白・舌淡苔白・脈沈遅は、陽虚内寒の徴候である。
【治法】温陽通便
【方剤】済川煎に肉桂を加える
済川煎は温腎益精・潤腸通便の効能があり、腎陽不足による腸燥便秘の治療に優れる。肉蓯蓉・牛膝は温補腎陽・潤腸通便に働く。当帰は養血潤腸に働く。升麻は昇清降濁に働く。肉桂は温陽散寒に働く。便秘の治療には、また「外導」の法もある。例えば《傷寒論》には「蜜煎導法」があり、様々な便秘に組み合わせることができる。食餌療法も合わせて用いるとよい。等分量の黒胡麻・胡桃肉・松子仁をすり潰して粉にし、これに白蜜を加えて服用する。これは陰血不足による便秘に特に効果がある



■類証鑑別


便秘の弁証論治では、まず虚実を鑑別することが重要であるが、臨床症状にも其々特徴がある。 実証に属する便秘は熱秘と気秘がある。虚証に属する便秘は気虚と血虚および陽虚がある。 ・熱秘の特徴は、顔赤身熱・口臭・唇瘡が現れ、尿赤・舌苔黄燥・脈滑実などを呈す。
・気秘の特徴は、頻繁に噫気・胸脇痞満・腹脹痛・舌苔薄膩・脈弦などである。
・気虚の便秘の特徴は、神疲気怯・便意はあるが力んでも排出できない・力めば汗出・短気・排便後に疲労する・舌丹嫩・舌苔薄、虚脈などである。
・血虚の便秘の特徴は、大便秘結・面色無華・頭暈目眩・心悸・唇色淡・舌淡・脈細渋などである。
・陽虚の便秘の特徴は小便清長・大便艱渋で排出困難・小便清長・面色晄白・四肢不温・喜熱怕冷、舌苔白潤・沈遅脈などである。

■まとめ
便秘は様々な原因により発生する病証で、まず虚・実を鑑別することが重要である。 実証には熱結と気滞があり、虚証には気虚・血虚・陽虚がある。 熱結には瀉熱通腑の方法で治療する。気滞便秘には行気導滞の方法で治療する。気虚の便秘には益気潤腸の方法で治療する。血虚の便秘には養血潤燥の方法で治療する。陽虚の便秘には温腸通便の方法で治療する。 上述した諸秘は、単独に現れることもあれば複合して起きることもあるので、各種治法は証に基づいて臨機応変に運用しなければならない。 たとえば、気虚と血虚の便秘は同時に起きることが多く、治療では気血の程度に基づいて、益気養血・潤腸通便の方法で治療する。 気虚と陽虚が同時に存在していれば、益気潤腸を重点に温陽通便を補助に置く方法で治療する。 血虚と燥熱が混在する場合、養血潤燥を重点に瀉熱通腑を補助に置く方法で治療する。