中医診断学講座 サンプルテキスト




■四診の望診の望神 部分
練習問題
テキスト抜粋

<練習問題>

中医基礎理論講座


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中医基礎理論講座
<参考テキスト>

■2・1 望診


望(ぼう)診(しん)は医師が視覚を使って、患者の神、色、形、態などの全身状況、および局部の状態、舌象、分泌物や排泄物などを意図的に観察することで、健康な状態と病状の状態を知る一種の診断方法である。  望診は主に患者の神、色、形、態を観察し、体内にある病気の本質と病気の変化を判断する。主な内容には、全身の望診(神、色、形、態)ならびに局部の望診(望頭面、望五官、望頚項、望躯体、望肢体、望皮膚、望下竅)、望舌(舌体、舌苔)、望排泄物(望痰涎、嘔吐物、大小便)、そして望小児指紋の5か所がある。 その中で、特に舌診と頭面五官の色の変化は診断に非常に重要である。

 人体は一つの有機整体であり、五官九窮や四肢百骸は、経絡によって五臓六腑と深く繋がっている。五官や五体も気血津液に栄養されている。 従って、臓腑機能と気血の状態、病気の本質は、全て外に表れ、望診によって観察することができる。

【望診の注意点は三つ】
1.望診は、十分な自然の柔らかい光線の下でおこなう。もし自然光が足りなければ螢光灯を使ってもよいが、必要ならば再検査する。特に色の着いた光源は使わないよう注意する。

2.診察室の室温は適度に保つ。診察室の温度が適切ならば、患者の皮膚や筋肉が自然に緩み、気血も順調に流れて、病気の徴候も真実の姿が現れる。もし室温が低すぎると、皮膚や筋肉が収縮し、気血運行も悪くなり、望診で得られる症状の真実性に影響するばかりでなく、間違った判断になる恐れがある。

3.検査する部位を十分に露出させて、完全に細かく観察する。



■2・1・1 望神


■2・1・1・1 神の概念


神の概念には、広義と狭義の2つがある。
● 広義の神
広義の神とは、生命活動が外部に現れた現象を言う。 精神、意識、思考、眼光、呼吸、音声、言語、形体や動態、舌象と脈象などが含まれている。
● 狭義の神
狭義の神とは、精神や意識、思考活動を指す。神が宿るところは心である。
また神の変化は主に五つある。
(1) 得(とく)神(しん) (2)失神(しっしん) (3)仮神(かしん) (4)神(しん)気(き)不(ぶ)足(そく)(少神(しょうしん)) (5)精神異常


■2・1・1・2 得神・失神・假神

1 得神
得神は「有(ゆう)神(しん)」ともいい、精が充ちて気が足り、神(しん)が旺盛なことを意味する。
得神は五臓と精気の状態を反映している。

【臨床特徴】
・心の精気が充満する場合:意識がはっきりし、目光が明るく、表情が豊か、顔色も栄潤している。
・肝腎の精気が充満する場合:物がハッキリ見え、反応が俊敏で動きも自由である。
・脾肺の精気が充満する場合:筋肉も削げておらず呼吸が安定している。
以上の現象は「有神」の表れで、正気が充足し、精気が充満して、臓腑機能も正常、健康な徴候で、たとえ病気があっても臓腑の機能が衰えず、予後がよい。

2 失神
 失神とは「無(む)神(しん)」ともいい、精(せい)損(そん)気(き)虧(き)(精が尽きて気が敗れ)と神(しん)衰(すい)(神が衰えた)の現れである。

【臨床特徴】
・心の精気衰敗(衰微する)の場合:神昏譫語、顔色晦(かい)黯(あん)、表(ひょう)情(じょう)淡(たん)漠(ばく)(無関心な表情)などがみられる。
・肝腎の精気衰敗(衰微する)場合:目光が暗く、反応が鈍い、強迫的な体位(体が自由に動かず)などがみられる。
・脾肺の精気衰敗(衰微する)場合:形体が羸痩し、呼吸異常などがみられる。
・邪陥心包及び陰陽離脱の場合:昏睡、鄭声(ていせい)(意味不明な言葉を低い声で繰り返す)、循(しゅん)衣(い)摸(も)床(しょう)(手を服やベッドに這わせる)、撮(さっ)空(くう)理(り)線(せん)(空を掴んだり、手を擦り合わせる)などがみられる。

これらの症状は正気虚衰、臓腑機能が衰弱し、重篤な病状を示しており、久病(長患い)や重症患者に多く、予後が悪い。

3 仮神
仮神(かしん)は危篤患者に現れ、一時的に精神が「好転」する仮象(ニセの状態) で、臨終の前兆である。

■ 仮神の臨床特徴は5つある。
①目光 ②神志 ③語言 ④顔色 ⑤飲食
① 目光:
仮神の場合、失神の状態(暗い目光)が、急に輝く目光へと変わる(浮(ふう)光(こう)という)。
② 神志:
仮神の場合、失神の状態の昏睡と意識不明、元気のない状態だったものが、急に意識がハッキリし、元気が出る。
③ 言語:
仮神の場合、失神の状態の喋りたがらない、低くて微弱で途切れ途切れそうに喋っていたものが、急にハッキリした声で、喋り続けるようになる。
④ 顔色:
仮神の場合、失神状態の顔色晦(かい)黯(あん)、表情淡(たん)漠(ばく)が、急に頬が化粧したように赤くなる。
⑤ 飲食:
仮神の場合、失神時には殆ど食欲がなくなり、食事量が減少していたものが、急に食欲が増し、ひどければ暴飲暴食となる。

 仮神の出現は、臓腑精気の衰弱が頂点に達し、正気が脱けようとしている状態で、陰が陽を収斂できず、虚陽が体表へ浮かび上がり、陰陽が離決しようとしている。それでは古人は「回光返照」や「残灯復明」となぞらえた。  仮神は危篤患者に多くみられ、その「好転」現象は突然で、短期間という特徴がある。


■2・1・1・3 神気不足と神志異常

1 少神
 少神とは「神気不足」ともいい、精気が軽度に損傷された現れである。

【臨床表現】
精神不振(両目の神が乏しくて、疲れたような目をしており、眼球の動きが緩慢である)、健忘、倦怠乏力、筋肉が弛緩、動作が緩慢がみられる。 これらは心脾両虚、腎陽不足による神気不足の表れである。

2 神志失常
 神志失常とは「神乱」ともいう。
神気不足の多くは、正気不足による虚証患者がみられ、多くは心脾両虚・腎陽不足に属し、癲・狂・癲癇など精神失常による症状は、煩躁不安・神昏譫妄などが表れる。

【臨床表現】
煩躁不安(イライラして落ち着かない)、神昏譫妄(昏睡してウワゴト)、焦慮恐惧(焦って恐がる)、狂躁不寧(狂って暴れる)、淡漠痴呆(ぼんやりとする)、卒然昏倒(急に卒倒する)などが表れる。

・熱が心包と腎に入る場合:煩躁不安や神昏譫妄が表れる。
・痰気鬱結で閉阻神明と心脾両虚の場合: 癲病。精神抑鬱、無表情、意識がぼんやり、ブツブツ独り言をいう、異常に泣き笑うなどが見られる。
・痰火擾心、陽明熱盛の熱擾神明、瘀血内阻の蒙蔽神明の場合:狂病。狂躁妄動、デタラメを言う、眠らずに夢ばかりみる、人を殴って罵る、親しい人が嫌がってもかまわず怒鳴る、悲観して失望するなどが表れる。
・肝風狭痰の閉阻清竅、痰火擾心、肝風内動の場合 :癲癇。四肢痙攣、急に昏倒し、口から涎沫を吐き、両目が上を向く、時間が経過すれば蘇生し、覚醒した後は正常人と同じという特徴がみられる。

望神での注意事項
1 患者を診察した時の第一印象を重視する
 神は、患者が無意識のときにありのまま現れるので、患者と接触した際の第一印象は重視すべきである。心を鎮めて精神を集中し、短時間で患者の神の盛衰と病状の程度を観察する。

2 神形合参する
 神は形の主であり、形は神の舎なので、両者の関係は深い。
身体が健康ならば神も旺盛で、身体が虚していれば神も衰える。しかし神形の変遷では一致しない場合もある。例えば久病で、形は羸痩(るいそう)して色が衰退すれば、たとえ意識がはっきりしていても失神なので、やはり神形合参しなければならない。

3 主要な症状と徴候を掴み取る
 ある種の症状と徴候は、失神を判断するうえで重要な意味がある。例えば神昏譫言、循衣摸床、撮空理線などがあれば、重視せねばならない。

(1)望神の原理と意義
 望神で、なぜ診察できるのか。 それは神と精気に深い繋がりがあるからである。神は、先天の精によって生み出されるが、それを『霊枢・本神』は「生之来謂之精、両精相搏謂之神(生まれる元を精と呼ぶ。男女の精子と卵子が融合したものを神と呼ぶ)」と記している。また神は、常に後天の水穀精徴によって栄養されるが、それを『霊枢・平人絶穀』は「神は、水穀の精気である」と記している。先天の精と後天の精、そして水穀から化生した気血津液が充足して、臓腑機能が正常で、人体にも有神の状態が表現される。精気が不足し、気血が虚弱となり、臓腑機能が衰弱すると、人体に無神の状態が表れる。したがって患者の神の有無を観察すれば、精気の盛衰(多少)、気血の盈虧(えいき)(多少)、臓腑の機能状態が判り、疾病の有無や軽重、予後の吉凶を判断できる。それで『素問・移精変気論』は「得神ならば栄え、失神ならば亡い」という。