1.弁証論治とは
弁証論治とは、病名の診断(弁病)、証候の診断(弁証)、治療方針の決定(治法)、適切な方剤の選定(施方)までを含む中医学の治療判断体系です。
構成要素
- 病名を診断する(弁病)
- 証候を判断する(弁証)
- 治法を定める
- 方剤を選定し投与する(施方)
実現に必要なこと
- 中医基礎理論の理解
- 診察技術(望・聞・問・切)の習得
- 中薬学と方剤学の知識
- 臨床経験と判断力の積み重ね
1-1.病名の診断(弁病)
弁病は主に中医学の病名を診断することで、単一の病名と症状群の病名があげられます。
まず、単一症状の病名は一つの症状で病名を表すもので、例えば胃痛という病名は胃痛の症状をイコールするのがその例に属します。しかし、便秘を診断する場合は排便困難のほかに、必ず便が固いか軟便かなど他の条件を確認する必要があります。
次に、症状群の病名はいくつかの症状で病名を判断するものです。例えば、胸痺(狭心症、心筋梗塞などに関連する病気)は胸の痛みだけではなく、呼吸困難か息切れ、動悸などを伴うかどうかが胸痺の診断のポイントとなります。また、胸の痛みの他に背中や手先に放散痛が生じ、痛みの発生が繰り返しなどの情報を確認する必要もあります。
症状群のような病名を正しく診断するには高度の知識と中医学のロジックの考え方が必要です。
単一症状型病名
- 一つの症状がそのまま病名になる
- 例:「胃痛」=胃の痛みという症状そのもの
- → ただし「便秘」は、排便困難に加え、「便が硬い or 軟らかい」などの条件確認が必要
症状群型病名
- 複数の症状を総合して病名を確定
- 例:「胸痺」
- → 胸痛+息切れ・動悸・放散痛などの有無を確認
- → 背中や手への放散、繰り返す痛みも判断材料
→ 複数症状型の病名診断には、中医学ロジックと総合的観察力が必要
1-2.証候の判断(弁証)
病名で表示する全ての疾病には多くの類型があり、これを証候としてとらえます。証候は虚、実、熱、寒、表、裏などを判断するとともに、具体的にどの臓腑にあるか、どの機能が故障しているかを判断する必要があります。
例えば、胃痛で言えば、その証候は外からの寒気が直接胃に入ったか、肝の病気によるものか、胃がもともと弱いか、過食によるものかなどがあり、それぞれ証候は異なります。
例)外の寒気が直接胃に入る胃痛なら、寒邪客胃証と判断する。肝の病気による胃痛なら、肝胃不和証(肝気犯胃証)と判断する胃の弱い場合、胃陽虚証と胃陰虚証がある。過食による胃痛の場合は、食積証と判断する。
証候とは
- 同じ病名でも、患者ごとに病態(証候)は異なる
- 「虚実」「寒熱」「表裏」「臓腑の関与」などを判断します
例:胃痛の証候分類
証候名 | 病因・病機 |
寒邪客胃証 | 外からの寒邪が胃に侵入 |
肝胃不和証 | 肝気鬱結が胃を犯す(肝気犯胃) |
胃陽虚証 | 胃陽不足で温煦機能が低下 |
胃陰虚証 | 胃陰不足で津液が枯渇 |
食積証 | 食滞が胃に停滞 |
→ 証候判断により治療方針が大きく変わります
1-3. 治法の確立
治法は病名と証候の情報に基づいて治療方針を定めることです。
例えば、胃痛の場合、寒邪客胃証の場合、散寒通絡を行います。肝胃不和証の場合、疏肝理気、脾胃を守ります。食積証の場合、胃の消化力を高める治療を行います。胃陽虚証の場合、脾胃の陽気を補うなどの方法を行います。胃陰虚証の場合、脾胃の津液を補うなどの方法を行います。
証候名 | 治法 |
寒邪客胃証 | 散寒通絡 |
肝胃不和証 | 疏肝理気・調和脾胃 |
食積証 | 消食導滞・和胃 |
胃陽虚証 | 温中補陽・健脾 |
胃陰虚証 | 養陰益胃・和中 |
→ 証候に対応する治療原則が治法となります
1-4. 方剤の選定(施方)
治療方法を確立してから、適切な処方を選ぶ作業になり、中医学では、方剤を選ぶことを施方といいます。施方を正確に行うために、中医基礎理論、中薬学、方剤学の知識を深く習得する必要があります。方剤の構成は構成生薬だけではなく、配合の意義は何か、また配合の理由では、基礎理論に強く関与しています。
寒邪客胃証の場合、寒気を駆除するために香蘇散か藿香正気散などを投与します。肝胃不和証の場合、肝胃を調和させるために柴胡疏肝散を投与します。胃陽虚証の場合、脾胃陽気を回復させるために黄耆建中湯や人参湯などを用います。胃陰虚証の場合、胃の津液を回復させるために、麦門冬湯などを用います。処方を正確に投与することで、論治の作業は完了になります。
方剤選定の根拠
- 治法に合致するか
- 配伍の意味(君臣佐使)
- 患者の体質・病勢に合うか
証候ごとの代表方剤
証候名 | 方剤例 |
寒邪客胃証 | 香蘇散、藿香正気散 |
肝胃不和証 | 柴胡疏肝散 |
食積証 | 保和丸、枳実導滞丸 |
胃陽虚証 | 黄耆建中湯、人参湯 |
胃陰虚証 | 麦門冬湯、益胃湯 |
→ 正確な施方によって、弁証論治のプロセスが完了する
2. 弁証論治レベルを高めるための努力
- 理論を知識で終わらせず、常に臨床症例と照らし合わせる
- 症状→証候→治法→方剤 の流れを日々訓練する
- 違う証候に同じ症状が現れることを意識して診断の幅を持つ
- 方剤の構成と配伍の意義を理解し、応用力を持つ